東北地方太平洋沖地震を目の当たりにして
3月11日、14時46分、太平洋三陸沖を震源地として発生した大地震は、東北地方を中心に関東地方にまで大変被害を被った。テレビをつけると次第に現地の被害の大きさや悲惨さが伝わってきた。
即座に、我々社団法人全国水和会として何をするべきかを、会長を中心に埼玉の大宮支部、上尾市部で急遽集まり対応を協議した。
しかし、災害当日は携帯電話等の通信機器が麻痺してしまい、宮城県本部、福島県本部、茨城県本部等と連絡を取ることが出来ず安否確認を含め状況を把握することができなかった。そのため我々は緊急対策本部を埼玉県川口市の会長事務所に設置し徹夜にて連絡に努めた。すると翌12日正午に福島県本部長より携帯メールが届いた。
その内容は、
〔メンバー家族共に無事です。建物倒壊、停電、断水にて周辺状況を確認のうえ、また連絡します〕とあった。
そして、阪神・淡路大震災の救援経験を生かし、先ずは水と食料の確保に努めた。
すると買い出しのさなか2回目のメールが届いた。
〔停電・断水にて水、食料が欲しい。しかし原発や余震も不安があり道路状況を把握できないので、こちらに来て頂くのは避けた方がいいかも・・・〕
我々はメールでは判断しきれないと思い電話連絡を数百回にて試みて、やっと福島県本部長とつながった。
言葉には悲壮感が漂い、どうして良いのか解らない状態であった。我々はその言葉を聞き、自己責任の中で最少人数にて支援物資を届けることに決めた。そして我々は、とりあえず用意ができた、ミネラルウォーター70ケース、緑茶30ケース、カップラーメン約200食、おにぎり約300個、お弁当約50食、その他缶詰、ソーセージ等の準備できた物資をワゴン車2台に積み込み、4人で救援に向うこととした。援助に向かうにあたっては、出来る限りの情報収集に努め、安全第一で二次災害を起こさないよう慎重な対応のうえ午後6時に埼玉を出発した。
東北方面に向かう高速道路は、地震の影響ですべて閉鎖され、一般道も一部被害があるらしく、ましてや海沿いの国道は津波警報がでていて通ることができず、埼玉県から、群馬県、栃木県、茨城県の山道を通るルートしか残されていなかった。山道はとても厳しく、雪が残っている道路や停電の影響で信号機などが一切働いていない地域を抜け、目的地に近付いていくと、倒壊している家や道路が液状化現象により変形しており、段差、寸断、亀裂などの被害箇所が増えていき更なる慎重な運転が求められた。道のりの中、何度かメールでのやり取りをし、災害が少なかった、いわき市平の当会福島県本部事務所を今後の支援のため現地災害本部に定める打ち合わせを行いながら進んで行った。
なんとか朝方4時半に、福島県いわき市平の福島県本部事務所に到着した。我々は即座に現地メンバーと物資を降ろしていると、みんな涙を流しながら作業をしていた。一段落し話を聞くと今までに無い経験で不安と恐怖、そして友情、同志の温かさにと、更に涙を流していた。地震が起きてから飲まず食わずであったようで衰弱していたが他の人も待っているとのことで、おにぎり1個を口にしただけで近所の方々への給付を行った。実際、物資は全く足りず第一便としては水も食糧も一世帯当たり1日分もしくは2日分位ずつしか配布出来なかった。
物資の配布後、倒壊地域を幾つか回ったが、現状は数人の地元消防団しかおらず、自衛隊やレスキューによる救済活動も一切行っていない状態で、瓦礫の下にはまだ無数の命があると聞くと政府機関の対応の遅さに怒りを感じ、そして現状なにもできない自分たちの無力さに胸が張り裂けそうな思いをした。
帰路は、津波警報が緩和され通行できるようになった海沿いの国道6号線を通ってみることにした。茨城県日立市や大洗町など出来る限り現状確認をしようとしたが、我々の車両もガソリンが給油出来ず詳細確認までは出来なかったが、停電被害が激しく断水状態が続いており水や食料を求める人達で町はあふれていた。
営業していないコンビニやスーパーに100人以上の長蛇の列や、学校に水を求めて並んでいる人は数えきれない程であった。さらには、田んぼの用水路から水を汲んでいる姿も多々見受けられた。もはや、人々はパニック寸前で暴動が起きても不思議ではない状態の町がいくつもあった。
現状報道されている地域は全体の一部にすぎなく、実際は被害が激しいにもかかわらず、人命救助や支援物資などが一切行われていない地域はまだまだ、たくさんあることが解った。
都市近郊では今、食糧や生活用品が店頭に並んでいない状態が発生しております。被災地救済を一番に考え食糧等の過剰な買占めはひかえなければいけないと思う。こうゆう時こそ政府だけに頼らず災害地域を助けていくためにも、みんなで力を合わせて頑張っていかなければいけないと思う。
人間1人1人が各々の状況に応じて出来る事を支援すれば、小さな力が大きなものになると思う。自分も当然ながら、ちょっとの我慢と努力、協力をして頂けたらと思います。
そして、第2便、第3便と計画をしていますので心より御支援、御協力をお願いいたしたいと存じます。
犠牲者になられた方々には、心よりご冥福をお祈りいたします。
大宮支部長
